『魔法のつららペン』
暑くなってきました。そのため、涼しげな1冊をご紹介します。読書感想文用の本としても、オススメです。
「黒坂真由子の発達障害レポート」では、発達障害にまつわる本や、参考になる本を紹介しています。今回は児童文学です。
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●字を書くことは「魔法みたい」なこと
文字が書けるということは、本当にすごいことなのだと、主人公の山村ゆきのは考えます。まるで「魔法みたいだ」と。ゆきのには、ディスグラフィア(書字障害)があり、どうしても字がうまく書けないからです。
でも、クラスのみんなは違います。授業中にこっそりとお手紙を書いて回すくらい、書くことは当たり前だし、楽しいことでもある。そして書けないゆきのに、お手紙を回さない優しさもある−−。
この本を手に取った時、私は、主人公が「なぜ自分は字が書けないのか」と悩んだり、「なまけている」と先生に怒られたり、クラスメイトから馬鹿にされたりして苦しむのではないか、思っていました。
しかし、主人公のゆきのの状況は、全く違いました。
ゆきのはすでに字が書けない理由を知っているし、クラスのみんなも書けないゆきのを気にかけている。担任の先生は宿題を減らしたり、板書を「書かなくてもいいよ」と言ってくれる。もちろん、タブレット端末の利用も許可されている。親もゆきのを理解し、「書くことを頑張りすぎないようにね」とまで言ってくれる。
これ以上ないほど、恵まれた環境にあるわけです。
それでも、字が書けないのはすごく苦しい−−。
やなむゆきのから、書けない苦しみの大きさを感じます。
●魔法のペンを手に入れて
ある日ゆきのは、橋の上で「つららペン」を拾います。それで字を書いてみたら、すらすら書ける。そんな魔法のペンがきっかけとなり、ゆきのは「氷の国」からやってきたスイと知り合うことになります。そして氷の国を訪れることになるのです。
スイのお母さんは、氷の国の書道家。その国の字は、まるで「絵」のような字でした。不思議に思ったゆきのが、なんて書いたのかを聞いてみたとこと、「なにってわけでもないよ」「なにかを伝えたいわけじゃなくて、わたしが書きたいように書いた字なんだ」と答える書道家のお母さん。
この返答に、ゆきのは戸惑います。
なぜならゆきのは、「なにかを伝えるため」に、字を書くことが必要だと思い、ずっとがんばってきたからです。
思いというのは、伝えなければ、ないのと同じにされてしまう、とゆきのは考えていた。
勉強がわかっても、考えを進めても、書かなければ、点数をもらえなくてゼロにされるし、なにも考えていないのと同じことにされるのだ、と。
だれもが字を使いこなし、自分の思いを伝えなければならない。それが、自分が生きているこの世界のルールなんだ……、と思いこんでいた。
伝えるためではなく、自由に字を描く氷の国の書道家に出会い、ゆきのは「文字」とは何か、「絵」と何が違うのか、思いを伝えるとはどういうことかと、考えてゆくのです。
●言葉を使っても、心が同じになることはない
私が心に残ったのは、スイのお父さんの言葉です。お父さんは、氷の国の言語学者です。
「あはは、人のお話を聞いているとき、わかんなくてもいいんだよ。いくら言葉を使ったって、だれかとだれかの心が、一ミリもちがわずにぴったり同じになることは、ないんだ。だから、だいたいでいいんだよ。なんとなく話を聞くだけでもいいんだよ」
言葉は、自分の気持ちを100%相手に伝えられるものではない、ということです。
これはもしかすると、作家という仕事をしている著者の実感なのかもしれません。言葉というのは、誰もが同じように解釈する硬いものではなく、受け取り側の解釈にゆだねられる柔らかいものであるということ。それは話し言葉だけでなく、文字として書き残したとしても、同じなのだと思います。
これは「文字が書けたら、思いは伝わる」と信じるゆきのの前に示された、言葉に対するまったく異なる考え方だといっていいでしょう。
思いや考えを読者に伝えるために、日々書いている私にとっては、氷の国の言語学者の考え方の方がしっくりきます。伝えるためにさまざまな工夫をしても、伝わらないことがありますし、そもそもこちらが意図した通りに伝わったかどうかは、永遠にわからないからです。ただ、それでも伝える努力を続けること自体に意味がある、そう考えています。
●「ディスグラフィア」が児童文学に載った意味
私は、「書字障害」「ディスグラフィア」という言葉が児童文学に扱われたことが、とても意味のあることだと感じました。なぜかといえば、発達障害の中でも、ディスグラフィアやディスレクシア(読字障害)は、あまり知られていないからです。時折行う発達障害の講演では、注意欠如多動症(ADHD)、自閉スペクトラム症(ASD)、そして学習障害について、知っているからどうか手をあげてもらうのですが、圧倒的に学習障害の認知度が低いのです。
知る人が少なければ、あらゆる対策やサポートは遅れてしまいます。
ですから、こういった児童文学のテーマになるというのは、とても大きなことだと感じています。
当たり前に字を書いていると、それがどれだけ特別なことなのか、なかなか気がつくことができません。お子さんに書字障害がなかったとしても、この本を読むことで「文字を書けることって、すごいことなんだ」と感じることができると思います。
カバーを担当したアサバマリエさんの挿絵があり、氷の国を想像する助けになっています。これから先、暑い日が続くので、せめて想像の氷の国で涼んでいただければと思います。
山崎ナオコーラ
作家。「だれにでもわかる言葉で、だれにも書けない文章を書きたい」ということが目標です。児童文学やエッセイもたのしく書いています。趣味は育児。わたしは、氷の国のキラキラな世界が好きです。あと、コーラが好きなので、この名前です。そして、読んでくれたあなたが大好きです。
アサバマリエ
イラストレーター。富山県富山市出身、神奈川県横浜市在住。多摩美術大学絵画学科油画専攻卒業。グラフィックデザイナーとしてデザイン会社で勤務した後、イラストレーターとして独立。繊細な表現と大胆な構図で子どもや動植物などを描く。趣味は国内外への旅行、ワイン、野生動物の観察、スポーツ観戦。2022年第40回ザ・チョイス『年度賞』受賞、2023年第18回TIS公募『大賞』、『イラストレーション編集部賞』受賞。
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