「自閉症はモンゴル語を話さない?」松本敏治先生最新レポート 第1回「自閉症は津軽弁を話さない」から始まった調査

「自閉症の子どもは津軽弁を話さない」という妻の言葉を否定しようと始めた調査が、その言葉を裏付けることに。津軽から全国、そして世界へと。松本先生のASDと言葉を巡る旅は続いています。全3回のインタビューの第1回です。
黒坂真由子 2026.09.08
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  • 第1回「自閉症は津軽弁を話さない」から始まった調査(←今回はこちら)

  • 第2回 津軽から始まった研究が海外へ

  • 第3回 モンゴル調査で見えてきたASDの言語状況

●プロフィール

ウランバートルにて。後ろに映るのは建物の上にそびえ立つ巨大なチンギスハンの像

ウランバートルにて。後ろに映るのは建物の上にそびえ立つ巨大なチンギスハンの像

松本敏治(まつもと としはる)

博士(教育学)。公認心理師、特別支援教育士スーパーバイザー、臨床発達心理士。北海道大学大学院教育学研究科博士後期課程単位取得退学。稚内北星学園短期大学講師・助教授、室蘭工業大学助教授、弘前大学助教授をへて2016年まで弘前大学教授。弘前大学教育学部附属特別支援学校長、弘前大学教育学部附属特別支援教育センター長を歴任。現在は、教育心理支援教室・研究所「ガジュマルつがる」代表。長年、発達障害児者への教育相談・支援活動を行う。著書に『自閉症は津軽弁を話さない』『自閉症は津軽弁を話さないリターンズ』(以上、角川ソフィア文庫)『自閉症は英語がお好き!?』(福村出版)など。

●ASDの言語習得の特徴

−− まず初めに、ASD(自閉スペクトラム症)の言語習得にはどのような特徴があるのかを教えてください。

 ASDの言語習得の特徴はいくつかあります。ただ、誰もが当てはまるわけではありません。言語発達に遅れがないASDのお子さんもいます。特徴の一つとして「エコラリア」などもあります。繰り返しですね。例えばテレビのセリフを繰り返したり、「たべる?」と言われて「たべる?」とそのまま繰り返したりします。

 「語用論の困難」も知られています。典型的なのは、「時計、持っていますか?」と聞かれて、「持っています」と答えてしまうような場合です。

−− それは「何時ですよ」などと、今の時間を答えるのが正解ということですよね。時計を持っているかどうかを聞いているのではなく、時間を聞いているのだから。

 そうなんです。相手の意図を理解することが苦手ということです。文脈に応じた受け答えができるか、ということですね。言葉通りに受け取るので、皮肉や比喩が伝わらないことがあります。「君すごいね」という皮肉に対して、喜んでしまったり。

−− これは、発言に関してもそうですよね。悪気なく言った言葉が相手を傷つけてしまうとか。

 あとは「形式的・規則的な言語への関心」です。文字や数字に対して強く興味を示す人もいます。ものすごく小さい頃から文字が読める子がASDの人の中にはいらっしゃいます。2歳や3歳でひらがなが読めて、この子は天才だと思われるとか。

−− 小さい頃から辞書を読む子、いますよね。文字への興味が強いんですね。

 「特定の領域の豊富な語彙」という特徴もあります。鉄道やあるキャラクターに関連した語彙は驚くほど知っているけれど、それ以外の語彙の知識とは差があって、アンバランスな感じを受けることがあります。私も以前、世界の戦闘機やそのメカニズム、エンジンの型式に非常に詳しい子と話をしたことがあります。

−− 本当に特定の領域ですね。

 そして、これは私の研究でも示していることですが、「メディアからの学習」です。あるYouTubeのコメンテーターの定番ゼリフをずっと真似しているお子さんもいます。また、「非家庭言語、優勢言語の使用」があります。家で喋っている言葉ではない言葉を話す、ということです。つまり日本だと、方言ではなく共通語を喋る。

−− それは先生の研究で明らかにしてきたことですね。

 そうなります。「メディアからの学習」と「非家庭言語、優勢言語の使用」は、私の研究の中心となります。

 さらに「音声パターン記憶の強さ」があります。コマーシャルやアニメのセリフ、歌の特定の部分を切り取って、それをよく覚えている方がいます。こういった特徴などが見られます。

●ASDは津軽弁を話さない?

−− 研究をスタートしたきっかけは、夫婦喧嘩だったと、お聞きしています。

 そうなんです。青森県の津軽地方で、臨床発達心理士をしている妻が、「あのさぁ、自閉症の子どもって津軽弁しゃべんねっきゃ(話さないよねぇ)」と言ったのです。妻は乳幼児健診に携わっていて、そんな妻からそういった発言が出るのは問題だと思ったのです。

 私自身は福岡県の出身で、津軽弁の難しさは骨身に染みています。最初は、聞き取りさえ困難でした。ですから、ASDの子が津軽弁を話さないように思えても、それは話し方のせいで津軽弁のように聞こえないためかもしれないと考えたのです。ASDの人の中に、独特のイントネーションや一本調子な話し方をする人がいるのはよく知られているからです。しかし妻は、津軽ではASDの子が津軽弁を話さないのは常識だ、といって一歩も譲りませんでした。

−− それで、調査を始められた。

 妻の間違いを正さなければ、と思ってスタートした調査ですが、結局は妻が正しかったことを認めることになったわけですが……。

 最初の調査は、青森県内で行いました。

−− どのような調査を行ったのですか?

 学校の先生たちを中心に、地域の子どもたち、知的障害の子どもや人々(ID)、そしてASDの子どもや人々が、「方言をどの程度使っているか」を調査しました。すると、妻が言った通り、ASDの人たちの方言使用が少ないことがわかりました。

 ただ、驚いたのはその後です。秋田で同じ調査を行ったら、青森と同じ結果が出たのです。

−− それはつまり、「津軽弁が難しいから、ASD児は津軽弁を使わない」ということではなく、「ASD児は方言を使わない」という可能性が出てきたということですね。

 それもありますが、研究者としての純粋な驚きもありました。調査や実験を長年してきた身からすると、こんなに綺麗にそろったデータが出ることって、なかなかないんですよ。

−− なるほど。素人の私が見ても、わかりやすいデータです。

 たいていは、地域や対象を変えると、結果はブレるものなんです。ここでは出たけど、あちらは出ないね、ということが普通です。ですから、この秋田のデータを見たとき、「こんな綺麗なデータ、見たことがない」と思いました。

−− それから、調査を日本全国に広げていった。

 はい。そして全国で同じパターンが出ました。どの地域でも、ASDは方言を話さないという印象がある傾向が見られました。

−− 全国調査によって、「ASDは方言を話さない」ということがわかったと。

 いや、そう簡単ではありませんでした。周囲から「結局それは、喋り方の問題じゃないか」という意見があったからです。

−− ASDの子の喋り方が、方言っぽく響かないだけではないか、と。

 ASD児のアクセントやイントネーションが、独特なのでは? という意見ですね。実は僕も、当初はその説でした。「津軽弁っぽく聞こえないだけなのではないか」と思っていたからです。でも、うちの妻は、「いや、方言そのものを話さないのだ」と言うのです。それなら語彙の調査をやってみようと。

−− 奥様との会話から、また新しい調査が始まったのですね。

 それで弘前市にある、特別支援学校(知的障害)の先生に津軽弁と対応する共通語の語彙リストを渡して、一人一人の生徒について、語彙の使用状況をチェックしてもらいました。

−− 方言語彙が使われていなければ、それはアクセントやイントネーションの問題ではなく、方言そのものが使われていないとわかるわけですね。

 そうなります。方言語彙とは、例えば津軽弁の「わ(わたし・おれ)」、「ける(あげる・やる)」「なげる(捨てる)」などです。

 すると、ASD傾向のある子どもは、方言語彙をほとんど使わないことがわかりました。例えば、その学校で方言語彙を一番多く使っていたのは中学1年生の子で、その数は35語にものぼりました。2番目の子は24語でした。ASD傾向のある子の中では、一番使っていた子でも、たったの2語でした。青森だけではなく、高知で土佐弁のデータもとったのですが、やはりここでも同様の結果となりました。

「方言を使っていないように聞こえる」だけでなく、実際に、方言語彙も使っていなかったのです。

−− ASDの人は、非ASDの人に比べて方言語彙を使わないことがわかった、というわけですね。

 津軽地方の保健師さんを対象に、後にASDあるいは知的障害(ID)と診断されたお子さんが、3歳児健診の時に方言を話していたか、共通語を話していたかを質問するアンケートを行いました。すると、ASDでは共通語を、一方、知的障害の子では方言を使っていたという印象を保健師さんがもっていることが示されました。

 この調査で、「どうやら幼い頃からASDは方言を話さない。共通語を使う」ということになって、ここでちょっと話が、大きく変わることになったのです。

−− これまでと同じ結果が出たということですよね? 何が大きく変わったのでしょうか?

 つまり「方言使用」という問題ではなく、「言語習得」と関わるのではないかということです。

−− つまり話せるようになってきたASDの子どもが、選択的に共通語を選ぶのではなく、そもそも共通語で言語を習得しているということですか?

 そうです。そうなると、さらに話が難しくなるのです。

−− 言語習得の仕方が、ASDの子は他の子と違う、ということになりますもんね。

 研究としていうと、私が入り込むのは危険な領域なんですよ。

−− そうなんですね。分野が違うからですか?

 言語習得というのは、言語発達のど真ん中の研究分野ですから。そんなところに、関わるのは怖い。

●仮説としての「メディアからの言語習得」

−− 気がついた時には言語習得のど真ん中に立っていた松本先生ですが、どのような説を提示されたのでしょうか?

 いろいろな仮説がいろんな研究者から出ました。その一つに、「メディアから言語を習得しているかもしれない」というものがありました。ただ当時、そんなことはありえないという反発がとても強かったですね。なぜかというと、言語は人とのやりとりの中で身につけるものだ、という考え方が主流だったからです。

−− 言語習得を長年研究してきた研究者にとって、「メディアから言語を習得することなどあり得ない」ということですか。

 そうなんです。その時には、ASDがメディアから言語習得する理由を説明できませんでした。うまく説明するメカニズムが、まだ見つかっていなかったからです。

***

論文

松本敏治・崎原秀樹(2011)「自閉症・アスペルガー症候群の方言使用についての特別支援学校教員による評定-「自閉症はつがる弁をしゃべらない」という噂との関連で-」『特殊教育学研究』第49巻3号、237-246頁 https://doi.org/10.6033/tokkyou.49.237

松本敏治・崎原秀樹・菊地一文・佐藤和之(2014)「『自閉症は方言を話さない』との印象は普遍的現象か-教員による自閉症スペクトラム障害児・者の方言使用評定から-」『特殊教育学研究』第52巻4号、263-274頁 https://doi.org/10.6033/tokkyou.52.263

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*写真、図版は全て著者にご提供いただきました。

*松本先生の最初の研究をまとめた書籍:『自閉症は津軽弁を話さない 自閉スペクトラム症のことばの謎を読み解く』松本敏治(著)角川ソフィア文庫 (*クリックでAmazonへ飛びます)

*『自閉症は津軽弁を話さない 自閉スペクトラム症のことばの謎を読み解く』を紹介した記事はこちら

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