『宙わたる教室』 伊与原新
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●定時制高校の科学部
定時制高校に通う年齢も背景も違う生徒が、「科学部」をつくり、科学大会に挑戦する物語です。その中心となるのが、定時制高校に赴任したばかりの藤竹叶。オムニバス形式でまとめられた第1章に、文字の読み書きが苦手な青年、柳田岳人が登場します。
柳田は、幼い頃からなぜか勉強ができない自分を、「不良品」だと考えています。アルバイトをしながら学ぶ柳田ですが、勉強は遅れがち。一念発起して入学したものの、早くも「退学」という2文字が頭をかすめるようになりました。同時に、昔つるんでいた仲間からの誘いが入り、心が揺れるのを止めることができません。
そんな柳田に声をかけたのが数学、理科を教える藤竹でした。
柳田が方程式や平方根の計算問題を、途中式を書かずに安々と正答する一方、簡単な文章問題に全く手をつけないことを見て、声をかけてきたのです。藤竹と柳田はぶつかり合いながら、次第に心の距離を詰めていきます。
同じく読み書きが苦手な生徒に、越川アンジェラがいます。フィリピンから来た母が、日本人との男性との間に産んだのがアンジェラ。現在は夫とともにフィリピン料理店を経営しています。家庭の事情で小学校も半分ほどしか通えなかったアンジェラにとって、高校は憧れの場所。「四十歳の女子高生、いいじゃん」という娘に背中を押されて通い始めたものの、勉強には全くついていけません。
学校でのある事件をきっかけに科学部に誘われたアンジェラ。忙しい日々の中で、人生初の部活動を体験するのです。
朝起きられずに学校に行けなくなった名取佳純は、起立性調節障害という診断があります。定時制に通うようになったものの、クラスには入らず保健室登校を続けています。保健室の「来室ノート」への佳純の書き込みを見た藤竹は、科学部へと誘います。ノートの書き込みには、宇宙好きを思わせるヒントが記録されていたからです。
この本には、他にも何人もの生徒が登場しますが、「勉強ができない」理由は人それぞれ。抱えているものも、さまざまです。そんな生徒たちは、時にぶつかり合いながら、おそらく人生で初めて、科学部という部活動を通して真剣に学びに向かい合います。
そしてその科学部を率いる顧問の藤竹自身も、人生において抱えているものがありました。真剣に科学部に向かい合っていたのは、生徒だけではなかったのです。
●「あとがき」からわかったことは
本書で一番驚いたのは、この小説が大阪府の定時制高校から成る科学部がモデルとなっているということです。著者の伊与原新は、1972年、大阪府生まれ。神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻し、博士課程を修了しています。着想のきっかけは、「今年の連合大会、高校生セッションに抜群に面白い研究があったよ。定時制高校の科学部でさ、メンバーもいろいろで面白いんだ」という、知り合いの教授の言葉であったと、本の「あとがき」にあります。
「あとがき」から、実際の学校と研究について記しておきましょう。
春日丘高校定時制・大手前高校定時制・今宮工科高校定時制の科学部が作り出したのは、滑車を使った「重力可変装置」と「微小重力発生装置」。この研究は、物理学や科学技術、惑星科学の大会で数々の賞を獲得しました。
そして実際に、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の目に留まり、その基礎実験に貢献することになったのです。2011年のことです。
本作品は完全なフィクションであると著者は述べていますから、本当に柳田のような読み書きの苦手な青年がいたのかどうかはわかりません。ただ何らかの理由で「勉強ができない」という状況に置かれていた定時制の生徒たちが、最先端の研究を支えたという事実は、多くの人に知ってもらいたいことです。
今、うまく勉強ができなかったり、学校に行けなかったりする人がいるかもしれません。著者は藤竹を通じて、こう伝えています。
「取り戻せますよ」藤竹はきっぱりと言った。「この学校には、何だってある。教室があり、教師がいて、クラスメイトがいる。ここは、取り戻せると思っている人たちが、来るところです」
本書は第70回青少年読書感想文全国コンクール「高等学校の部」の課題図書となり、多くの高校生に手に渡りました。また、2024年10月にはNHKで全10回のドラマとして放映されました。私もディスレクシアのある息子と一緒にドラマを見ました。
ちなみに、本を読むのが苦手という場合、映像から入るのもひとつの方法です。場面が想像しやすいため、読みやすくなると思います。
ディスレクシアは、発達障害の中でもあまり話題にならないのですが、少しずつ取り上げられることが増えているように思います。言葉の認知が広がることで、次の「理解」への橋渡しになると思います。言葉を人々に浸透させるという意味で、小説やドラマ、映画が果たす役割は大きいと思います。
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