妊娠時の発熱、服薬と自閉スペクトラム症の複雑な関係 国立精神・神経医療研究センター 髙橋長秀部長インタビュー

トランプ大統領の「妊娠中のタイレノールの服用は、自閉スペクトラム症の原因になる」という発表により、世界各地において懸念が表明されました。このような報道に接し、不安に感じられている方もいるかもしれません。今回、国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 知的・発達障害研究部 部長の髙橋長秀氏に詳しくお話を伺いました。
黒坂真由子 2025.11.04
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髙橋長秀(たかはし ながひで)

2000年名古屋大学医学部卒業。2001年名古屋大学附属病院精神科 医員。2007年名古屋大学大学院医学系研究科卒業。2007年米国マウントサイナイ医科大学精神科ポスドク研究員、2010年同大学の自閉症センターでインストラクター。2019年浜松医科大学子どものこころの発達研究センター 特任准教授。2020年名古屋大学医学部附属病院 親と子どもの診療科 講師、2021年准教授。2024年9月 国立精神神経医療研究センター 知的発達障害研究部 部長。専門領域は神経発達症、ゲノム解析。医師、医学博士、精神科専門医・指導医、子どものこころの専門医・指導医、精神保健指定医。

*国立精神神経医療研究センター(NCNP)については、こちら

●国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)について

−− 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(以下、NCNP)は、どのような組織ですか?

髙橋長秀氏(以下、髙橋):NCNPは、厚生労働省直轄のナショナル・センターです。精神・神経疾患に特化した臨床、研究、そして研修を行っています。

−− 「臨床」というのは、実際に病院で患者さんを診ることですね。

髙橋:そうです。NCNP病院は、脳や神経・筋肉の病気を診断し治療するだけでなく、原因を解明し、治療を発展させるための役割を担っています。脳や神経、筋肉の病気の中には、難病も多いからです。そのため、基礎研究にも力を入れています。

 例えば神経研究所では、精神、神経、筋疾患、そして発達障害を対象とした生物学的研究を行なっています。また、精神保健研究所では、精神疾患や発達障害の病因を明らかにするため、生物学的な視点だけでなく、心理的、社会的視点も含めた研究を行なっています。

−− 発達障害に関する研究も行われているのですね。

髙橋:そうですね。発達障害は我々の研究の主要な柱のひとつです。原因解明のための基礎研究にも力を入れています。

●そもそも「タイレノール」とは?

−− 「タイレノール(Tylenol)」について教えてください。日本では見かけない薬だと思うのですが、日本でも発売されているのでしょうか?

髙橋:タイレノールは、「アセトアミノフェン(acetaminophen)」を主成分とする解熱・鎮痛剤の商品名です。日本では「カロナール」に入っています。PL配合顆粒などにも含まれています。PL配合顆粒は、風邪薬として使用されています。

−− 「主成分」というのは、薬の宣伝でいうところの「有効成分」という理解でよいでしょうか?

髙橋:そうなります。一般名がアセトアミノフェンで、例えば「タイレノール」や「カロナール錠」というのは商品名です。ジェネリック薬では、「アセトアミノフェン」自体が商品名となっています。

−− ジェネリック薬では、有効成分がそのまま薬の名前になっているのですね。

髙橋:そうなります。アセトアミノフェンの発見自体は19世紀末、そして1950年代から使われている非常に古い薬です。

−− 「カロナール」は、子どもによく処方されますよね。「やさしい薬」というイメージがあります。このイメージは間違っていませんか?

髙橋:間違っていないと思います。「カロナール錠200」には、1錠中アセトアミノフェンが200mg含まれていますが、5錠でロキソニン1錠くらいの感覚だといわれています。強い薬ではないんですね。

−− 『王子様のくすり図鑑』という絵本図鑑を見ていたら、カロナールがすごく優しい女性キャラで描かれているのを見つけました。

髙橋:そうですね。カロナールは、妊婦さんにもわりと使われています。

−− 妊婦さんに熱があったら、普通に使われていると考えていいですか? 特別な薬ではなく。

髙橋:そうですね。よく使われています。

●薬の服用と自閉スペクトラム症

−− そもそもの話として、薬の服用と自閉スペクトラム症(以下、ASD)について、何らかの関連を示した研究はあるのでしょうか。

髙橋:アセトアミノフェンだけでなく、ある薬の服用でASDのリスクが上がるということは、これまでも言われてきました。ただ、確立されたものはほとんどありません。現在のところ、唯一確からしいといえるのは、「バルプロ酸」というてんかんの薬だけです(*1)。

−− では今のところ、妊娠中の服用で子どもがASDになるリスクがあるとわかっているのは、バルプロ酸だけということですね。

髙橋:バルプロ酸だけです。

−− てんかんの症状がある妊婦さんは、どうすればいいのですか?

髙橋:抗てんかん薬は他にいくつもありますから、他の薬を使えば問題ありません。

 他に疑われていた、抗うつ薬、抗精神病薬、抗ADHD 薬に関しては研究が進んでいます。「お母さんが薬を飲んでいる時と飲んでない時で、生まれた子どもを比較する」というきょうだいを対象にした研究が行われていますが、現時点ではこれらの薬の服用が胎児に影響を与えるという結論は出ていません。

−− 薬とASDとの関係は低そうだということなんですね。

髙橋:ただ最近では、妊娠中に免疫が活性化されると、それがASDやADHDのリスクになる可能性が示されています。

−− 「免疫が活性化される」というのは、具体的にどういうことですか?

髙橋:ウイルスや細菌に対して、体が抗体などを放出して体を守ろうとする状態になることです。例えば、インフルエンザに感染することで、免疫は活性化されます。

−− 体を守ろうとして、免疫の力が発揮される。それがリスクになるということがわかっている。

髙橋:はい。あとはうつ病が関係しているかもしれないといわれています。先ほど「抗うつ薬は関係しない」という話をしましたが、うつ病自体は関係があるかもしれません。

−− そうなると、抗うつ薬を服用した方がいいということですか?

髙橋:そうなります。とはいえ、熱が出たから、うつ病になってしまったから、それが絶対的なリスクになるかというと、そういうわけではありません。まだまだ、確立したものではないのです。

●アセトアミノフェンとASDの関係

−− ASDのお子さんを育てているお母さんの中には、妊娠中にアセトアミノフェンを服用し、すごく不安な気持ちになった方もいると思います。

髙橋:そうですよね。そういう時に、すぐに情報を得られる場があればいいのですが、現在のところそういう機関が日本にはありません。アメリカの「CDC(Centers for Disease Control and Prevention)」のような組織が日本でも必要だと思います。

−− CDCとはどのような組織なのですか?

CDCは「疾病予防管理センター」と訳されますが、感染症対策などを行う政府機関です。世界でもっとも影響力のある公衆衛生研究、対策機関のひとつです。

−− コロナ禍で、よく耳にした気がします。

髙橋:感染症対策だけでなく、研究や統計、啓発なども行っています。

−− そういった機関が、今回のような情報が出たときに、すぐにデータを示して説明してくれるとありがたいですね。

 ところでアセトアミノフェンに関しては、現状どのような結論になっているのか、もう少し詳しく教えてください。

髙橋:妊娠中にアセトアミノフェンを使用した場合、子どもがASDになるリスクがわずかに高まるという報告がありますが、「メタ解析」や「大規模コホート研究」によるとそのリスクの上昇は1.1~1.2倍程度と小さいものでした。

−− 「メタ解析」「大規模コホート研究」とはどのようなものですか?

髙橋:メタ解析は、たくさんの研究をまとめて統計的に分析することです。大規模コホート研究というのは、たくさんの人数を長期間にわたって追跡する研究手法です。たくさんの研究、長期間の研究ということで、信頼性の高さを示しています。

−− 確かに、「一つの研究結果」や「一回の観察結果」より、ずっと信頼できそうです。つまり、そのような信頼性の高い研究において、アセトアミノフェンの服用によって上昇したASDのリスクは「1.1~1.2倍程度」だったということなのですね。

髙橋:しかも、アセトアミノフェンの利用がASDに関連しているのではなく、母親の健康状態や遺伝、発熱や炎症など、「薬を利用した理由」そのものが、ASDにつながった可能性もあるわけです。ですから「1.1~1.2倍程度」という数字が、純粋にアセトアミノフェンの使用によって示されているかというと、そうではないかもしれません。

−− つまり、「アセトアミノフェン → ASD」ではなく、例えば「発熱 → (アセトアミノフェン)→ ASD」という流れですね。

髙橋:近年の質の高い研究では、家族や遺伝の影響を調整すると、アセトアミノフェンによるASDのリスクはほとんどなくなる、あるいは消えることが示されています(*2〜*8)。その中でも有名なのが、スウェーデンで行われた研究です(*6)。1995年から2019年にスウェーデンで出生した約250万人の子どもを対象としています。大規模コホート研究ですね。ここではきょうだい間の比較も行われています。

 つまり、過去に見られた関連は、アセトアミノフェンそのものではなく「交絡要因(第三の別の要因)」による可能性が高いと考えられるのです。例えば母親がASDであると、偏頭痛の併存などにより、アセトアミノフェンの使用が増えることなどが想定されます。この場合、偏頭痛が交絡要因です。

−− つまり、直接的な原因はアセトアミノフェンの服用の前にある可能性がある。

髙橋:はい。また一部の研究で、アセトアミノフェンと「多動症状を伴うASDとの関連」や「長期間・高頻度使用との関連」が強く見られることが報告されていました。しかし、これらの研究は「観察研究」なのです。その上、遺伝や母体の健康状態に関連している可能性もあります。アセトアミノフェンを服用したということは、例えば発熱や炎症などがあったはずです。そちらが影響している可能性もあります。

−− 大規模な研究ではないことや、遺伝や発熱などが影響しているかもしれないと。過去には関連があると示された研究もあったけれど、現在は否定されているということですね。

髙橋:はい。そのほかにも「使用量・期間・性差の影響」「動物実験からの知見」などが報告されましたが、いずれもアセトアミノフェンとASDの関連は確認されていません。

 アセトアミノフェンはとてもよく使われる薬なので、長いこと議論があったのは事実です。ただ、現在では「家族や遺伝の影響を調整すると、リスクはほとんどなくなる、あるいは消える」ことが示されています。つまり、過去に見られた関連は、薬そのものではなく「交絡要因」による可能性が高いと考えられるわけです。アセトアミノフェンの使用とASDに影響はなさそうだと、ほぼ決着はついています。ですから、一時的・少量の使用については安全であると考えられます。

−− アメリカではどのような反応があったのでしょうか?

髙橋:例えば、「アメリカ産婦人科学会」は、「アセトアミノフェンは問題ではない」という声明を出しています。

 日本でも日本自閉スペクトラム学会が声明を出しています。

−− 各団体もしっかり否定をしているということなんですね。

●発熱がASDを誘発するという研究がある

−− ところで、「発熱がASDを誘発する」という研究はあるのでしょうか? もしあるとしたら、アセトアミノフェンを服用しないことで、かえってリスクが上がるのではないかと。

髙橋:『Molecular Psychiatry』という雑誌に発表された「Prenatal fever and autism risk(妊娠中の発熱と自閉症リスク)」という論文があります(*9)。

 この『Molecular Psychiatry』は、非常に評価の高い雑誌です。信用に値する論文が掲載されています。これは「発熱時にアセトアミノフェンを使用することがASDリスクに影響を与えるか」を検討した論文ですが、結果として「発熱時にアセトアミノフェンを使用した女性は、使用しなかった女性よりもASDリスクが低い傾向を示した」としています。

−− それはやはり熱を下げなくてはならないということですよね。

髙橋:はい。つまりアセトアミノフェンの服用がASDに関連しているのではなく、発熱自体が原因である可能性があるということです。アセトアミノフェンを服用しなかった人の方が、リスクが高かったということですから。

−− そうなると、今回の「妊娠中のタイレノール(アセトアミノフェン)の服用は、自閉スペクトラム症の原因になる」という発言は、単に間違っているというだけでなく、妊婦がアセトアミノフェンを控える状況を生むかもしれないという面で、とても危険なものであるということですね。

髙橋:そう思います。当たり前のアドバイスになってしまいますが、妊娠時に発熱した際には主治医に相談し、必要であれば適切に薬を飲むことが必要だと思います。

*1)Hernández-Díaz et al. (2024). Risk of autism after prenatal topiramate, valproate, or lamotrigine exposure. New England Journal of Medicine, 390(12), 1069–1079. 

*2)Liew et al. (2016). Prenatal exposure to acetaminophen and child neurodevelopment: A review and meta-analysis. International Journal of Epidemiology, 45(6), 1987–1996. 

*3)Avella-García et al. (2016). Acetaminophen use in pregnancy and neurodevelopment: Attention function and autism spectrum symptoms. International Journal of Epidemiology, 45(6), 1987–1996. 

*4)Masarwa et al. (2018). Prenatal exposure to acetaminophen and risk for attention deficit hyperactivity disorder and autistic spectrum disorder: A systematic review, meta-analysis, and meta-regression analysis of cohort studies. American Journal of Epidemiology, 187(8), 1817–1827. 

*5)Bauer et al. (2018). Prenatal paracetamol exposure and child neurodevelopment: A review. Hormones and Behavior, 101, 125–147. 

*6)Ahlqvist et al. (2024). Acetaminophen Use During Pregnancy and Children’s Risk of Autism, ADHD, and Intellectual Disability. JAMA, 331(14), 1205–1214.

*7)Damkier et al. (2025). Acetaminophen in pregnancy and attention-deficit and hyperactivity disorder and autism spectrum disorder. Obstetrics & Gynecology, 145(2), 168–176. 

*8)Ji et al. (2020). Association of Cord Plasma Biomarkers of In Utero Acetaminophen Exposure With Risk of Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder and Autism Spectrum Disorder in Childhood. JAMA Psychiatry, 77(2), 180–189.

*9)Bresnahan, M., et al. (2017). Prenatal fever and autism risk. Molecular Psychiatry, 23(3), 759–766. https://doi.org/10.1038/mp.2017.119

取材日:2025年10月7日

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インタビューを終えて

 アセトアミノフェンは当たり前に使われている薬だけに、不安を感じられた方は多かったかもしれません。

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