「自閉症は、母親のせい」という古い言説について考える

サポートメンバーの登録により、発達障害についての継続的な発信が可能になります。メンバーとしてのご登録をお願いいたします。メンバーシップは、無料、有料から選べます。概要について、詳しくはこちらをご覧ください。
ご検討いただける場合は、下記ボタンからお進みください。
●まずはじめに
自閉スペクトラム症(以下、ASD)は、母親の愛情不足のせいではない。
これが、ASD研究の歴史の中で出された結論です。母親の育て方が原因であるという証拠は、否定されています。ですから、この記事はここで読み終えていただいてもかまわないのですが、気持ちに余裕があればこの先にお進みください。
下記の報道は、公示日の1月27日に候補者が行った演説と、法学者の谷口真由美氏がこの演説と政治思想の関わりについて述べたものです。神奈川新聞が取材しています。問題となった演説部分も書き起こしで掲載されています。
●なぜ、「冷凍庫マザー理論」が生まれたのか
ここから先は、なぜこのような言説が生まれ、それがどのように否定されたのかを整理してみます。
1940年代に「自閉症」についての研究が出始めました。その1人は、オーストリア出身でアメリカの児童精神科医レオ・カナーです。カナーは現在より狭い範囲で診断をしていたため、ここでは「自閉症」と記します。カナーは「自閉症」には、何らかの心因性の問題があるのではないかと考えていました。
1943年に発表された論文(*)には、対象となった11人の子どもの父親、母親の職業が記され、祖父母も含めて「彼らは全員、非常に知的水準の高い家庭の出身である」としています。母親に関しては職業だけでなく、「11人の母親のうち9人は大学卒業者である」という情報も付されています。子ども達の母親が高学歴であったことが、後に誤った母親の印象をつくることに利用されてしまいます。
現在では科学的に否定されている「冷凍庫マザー理論」は、1950〜60年代に広がりました。これは、「自閉症」は母親の育て方が原因だとする考え方で、多くの母親がこの説に悩まされました。説の中心となったのは、オーストリア出身、アメリカの心理学者ブルーノ・ベッテルハイムです。ベッテルハイムは著書『The Empty Fortress(空虚な要塞)』(1967)の中で、精神分析の知見から、「自閉症」は母親の冷淡な子どもへの態度から生じるとしました。
●説の否定と現在地
この説を科学的に否定する研究者が次々と現れます。
アメリカの心理学者で、自閉症の息子を持つ父親でもあるバーナード・リムランドは、1964年に発表した『小児自閉症』の中で、「冷蔵庫マザー理論」を科学的に否定しました。また「自閉症」が生まれつきの神経発達の特性であることをデータで示しました。リムランドの後の仕事の中には否定されるべき点があるものの、多くの母親や家族を悩ませていた「母親が原因」という世間の見方に、歯止めをかける役割を担ったことは、間違いありません。
1960年代後半から活躍したイギリスの小児精神科医マイケル・ラターは、自閉症研究の第一人者で、疫学者です。ラターは精神分析の文脈から「自閉症」を切り離した人物で、母親責任論を否定する研究の流れを決定づけた研究者の1人です。
ラターは、疫学研究、双生児研究、発達追跡などの科学的手法によって、「生物学的、神経発達的な要因によって生じる」とする今日の考え方に、道を開きました。
ローナ・ウイングは、イギリスの精神科医でASDの娘を持つ母親でもあります。1979年、ウイングらは、カナー以降語られてきた「自閉症」の概念に当てはまらない子どもがいることに気づきます。その子ども達は、「社会的相互作用」や「コミュニケーション」、「想像的活動」の面に困難があり、反復的な活動をする性質があることを見出しました。ウイングは、自閉症に「スペクトラム」という概念をもたらします。「スペクトラム」というのは、その中にさまざまな表現型があるということです。
これが今日の「自閉スペクトラム」という幅の広い概念の確立につながり、ASDは「脳の多様性(ニューロ・ダイバーシティ)の一つである」という理解を広げることになりました。
脳の多様性という考え方が広がりつつある現在、学術的に「冷凍庫マザー理論」を支持する研究や理論はありません。
●デマに振り回されないために
原因を母親に押し付ける言説から、ワクチン説、海外ではトランプ大統領の発言として、タイレノール(アセトアミノフェン)とASDの関連を示唆する見解が取り上げられたこともありました。ASDの原因に対するデマは、たびたび繰り返されています。原因が特定されていないASDに対して、人は何か具体的な理由をみつけて、安心したいのかもしれません。
タイレノールとの関連に関しては、国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 知的・発達障害研究部 部長の髙橋長秀氏に詳しくお話を伺っています。
選挙のたびに、こういったことが繰り返されるのは苦しいものです。私たちにできることは、信頼できる情報を得ること、そして差別や誤情報に基づく言説を見極めて投票することだと思います。
*)Kanner, L. (1943). Autistic disturbances of affective contact. The Nervous Child, 2, 217–250.
すでに登録済みの方は こちら


