『海球小説 ― 次世代の発達障害論 ―』横道誠(著) 村中直人(解説) ミネルヴァ書房 (2024 年1月刊行)
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●そのまま2周目に
本書は小説という形をとりつつ、章と章の間にニューロダイバーシティに詳しい村中直人氏の解説を挟むことで、知識がなくても読み進められるよう設計されています。
読み終わった後に、そのまま2周目に入った本で思い出せるのは、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』。読み終わったそのままの流れで第1章を読み進めると、最初に読んだときとはまったく違った小説がそこに立ち上がってくる。それはなかなか経験できない読書体験です。数年後に再読する本はままありますが、続けて最初から読むというのは、やはり特別なものです。
『海球小説』は、久々にそのまま続けて読んだ本です。
最初に読んだ時に駆け抜けた場所を、二度目は景色を見ながら楽しむ感覚で読み終えました。
見返し(表紙の内側の紙)の青がとてもきれい。
著者の横道誠氏との出会いは、日経ビジネス電子版「もっと教えて!『発達障害のリアル』」でのインタビューにおいてです。2022年8月にオンラインで取材をしました。ぜひインタビューをしたいと思ったのは、『みんな水の中 −「発達障害」自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるのか』を読んだのがきっかけです。自閉スペクトラム症(ASD)と注意欠如多動症(ADHD)の当事者であり、文学研究者。『みんな水の中』も詩から始まり、論文、小説と連なる不思議な一冊です。
私はこの本で「脳の多様性」という考え方を初めて知りました。それから発達障害の見方が、大きく変わったように思います。
インタビューの時に、私は「発達障害の人にとっての、定型発達者(発達障害ではない多数派の人々)の取扱説明書みたいな本が欲しいのですが」というリクエストを横道先生にしました。「発達障害とはこういうもの」という本は多く出回っているのですが、発達障害の人向けの「定型発達者のトリセツ」のような本がないと感じていたからです。
2024年、横道先生が参加された書店でのトークショーにお邪魔したときのこと。先生の本が何冊も並ぶ中からこの本を選び、サインをもらったとき横道先生は、「この本を読んでもらいたいと思っていた」とおっしゃいました。
読んでみて、なるほどそういうことかと。
読者が定型発達でも発達障害でも、相手の世界を理解することができる仕組みが、この小説には施されていたからです。
●周囲に溶け込めない主人公のミノル
この本の主人公のミノルは、なんとなく周囲に溶け込めない毎日を過ごしています。15歳。周りのみんなは熱中するものがあるのに、それを見つけられないまま日々が過ぎていきます。家族の仲は悪くはないものの、夕飯もそれぞれの都合で食べるのが当たり前で、皆でテーブルを囲むことはありません。
世界と自分がなんとなく噛み合っていないように感じるミノルの目線を通して、この世界が描かれていきます。そして、すこしずつ世界の様子が解き明かされていくのです。
この本の特徴のひとつが、小説の間に解説が挟まれているところです。ニューロダイバーシティ推進の第一人者である村中直人氏が解説パートを担当しています。発達障害、特にASDやADHDについての知識が、主人公のミノルと、この本に登場する人々の特徴を読み取り、感じ取る助けになります。全く発達障害について知らなかったとしても、この解説パートを読むことで、より深くこの小説を楽しめるはずです。
この解説パートは、著者の小説を楽しんでもらいたいという著者の気持ちの表れですが、ある程度発達障害について知識のある方は解説は後回しにして、まずは小説だけを読んでみるという方法でもいいかなと思います。
●ミノルが生きる優しい世界
「あとがきに代えて」にある、横道先生の言葉が胸に刺さります。
この作品を書きながら、主人公のミノルが接する人々、つまり両親、クラスメイト、教師、友人、恋人などに対して、私はどれだけ愛情を感じたことでしょうか。私がじぶんの人生でいつも出会いたいと願い、出会えなかった人たちです。ミノルの人生は、私の人生よりもずっと恵まれています。なんと言っても、ミノルは私よりもずっと優しくて賢い人です。親から暴力を振るわれたことはなく、いじめや仲間外れにされるに至った経験もなく、叱られたことすら私よりずっと少ないのです。
本書は、「体験」と呼ぶにふさわしい読書になるはずです。ぜひ手にとって、ミノルとともに「海球」で生きる人々に出会ってください。
横道誠(よこみち・まこと)(著)
1979年生まれ。博士(文学)(京都大学、2022年)。京都府立大学文学部准教授。著書に「みんな水の中 −「発達障害」自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか」(医学書院、2021年)、「グリム兄弟とその学問的後継者たち − 神話に魂を奪われて」(ミネルヴァ書房、2023年)ほか。
村中直人(むらなか・なおと)(解説)
1977年生まれ。臨床心理士、公認心理師。一般社団法人子ども・青少年育成支援協会代表理事、Neurodiversity at Work 株式会社代表取締役。著書に『ニューロダイバーシティの教科書 − 多様性尊重社会へのキーワード』(金子書房、2020年)、「〈叱る依存〉がとまらない」(紀伊國屋書店、2022年)ほか。
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