『自閉症は津軽弁を話さない 自閉スペクトラム症のことばの謎を読み解く』 松本敏治(著)

変わったタイトルに惹かれて読み始めた本書。著者の思いに引っ張られるように読み進み、気がつくとあっという間に終わりのページに。果たして本当に自閉スペクトラム症の人は、津軽弁を話さないのか。そうであるならその理由はどこにあるのでしょうか。 
黒坂真由子 2025.12.29
誰でも

 気がつけばもう今年もわずか。冬休みに読む本の推薦も兼ね、『自閉症は津軽弁を話さない 自閉スペクトラム症のことばの謎を読み解く』松本敏治(著)角川ソフィア文庫 (2020 年9月刊行)/福村出版(2017年4月)をご紹介します。

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松本先生にお願いし、黒猫ちゃんとのショットをいただきました。目の色がカバーの色とおそろい。  *写真クリックでAmazonへ。

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 RPG(ロールプレイング・ゲーム)は、架空の世界でキャラクターの役割を演じるゲームです。プレイヤーは主人公になりきり、冒険を続けます。冒険の途中で、数々の困難にあいながらも、知識と経験を経て主人公が成長していくのがRPGの醍醐味です。

 本書の読後感は、RPGと似ています。

 読者は筆者の目線で、考え、悩み、驚き、落胆したりしながら少しずつ自閉スペクトラム症(以下、引用以外はASD)の言葉の謎を解くという冒険に突き進んでいくからです。

 そもそも、この本の始まりが小説的です(もちろん本書はノンフィクションです)。

 研究という冒険のきっかけは、夫婦喧嘩。著者の松本敏治氏は当時、弘前大学で特別支援教育を教えていました。専門は障害児心理です。妻は青森県の津軽地方の乳幼児健診に携わる臨床発達心理士。

 その妻の一言が発端でした。

「あのさぁ、自閉症の子どもって津軽弁しゃべんねっきゃ(話さないよねぇ)」

 この言葉に著者は、反発します。

 福岡県出身の著者は、津軽弁の難しさをよく知っています。それだけに、ASDの言語的特徴が「津軽弁のように聞こえないだけ」だと考えたからです。しかし妻は一歩も引かず、それは津軽では「常識だ」として譲りません。

 そこで著者はASDと方言に関する研究をスタートすることになるのです。

●噂の調査から、全国調査へ

 最初に取り掛かったのは、青森県の青森市、むつ市での調査。「津軽弁(方言)を話さない子はASD」という「地方伝説」がどのくらい広がっているかを、調べることから始めました。そして実に回答者58 名中24 名(41%)もの人が、この「地方伝説」を聞いたことがあることがわかりました。これ以降、著者は本格的な調査に入ります。

 最初の衝撃は、秋田県北部での調査です。

 この地域は方言が多用される地域です。ここでの方言使用率を学校の先生を中心に調べました(85名が対象、うち9名が無回答)。結果、方言を「よく話す/使う」地域の子どもが76%であったのに対し、ASDでは28%と大きな差がありました。続く青森での調査でも、同様の傾向が見られました。

 妻に有利な結果です。

 諦めきれない著者は、ASDの人が本当に方言を使っていないのかを確かめるために、方言語彙に注目します。方言語彙が使われていなければ、「方言が使われていないという印象」はアクセントやイントネーションからくるものではなく、「方言そのもの」を使っていないとわかるからです。

 方言語彙とは、例えば津軽弁の「かます(かき混ぜる)」「なげる(捨てる)」などを指します。これら津軽弁に特有の語彙が使われているかどうかを、著者は調査し確認していきます。すると、調査対象となったASDの人たちは、このような方言語彙の使用が少ない傾向が示されました。

 この先、調査は北東北を飛び出し、全国へと広がっていきます。

 著者の研究は、研究者としての使命を帯びたものでした。方言の使用不使用がASDかどうかの判断に使われているという現状を、問題視したからです。その思いが、研究の出発点でした。

 それが、研究を進めれば進めるほど、その結果は「妻の発言が正しそうだ」ということを示すものになっていきます。そしていつしか、「ASDと方言使用」について、著者自身が明らかにすることにつながっていくのです。

●研究は世界へ

 この研究は現在、日本を飛び越えて世界へと広がっています。

「英語しか話さない、アイスランド人のASDの若者」

「小学校で習う現代標準アラビア語を使う、北アフリカのASDの未就学児」

「英語を使用する、モンゴル人のASDの子ども」

 このような例が著者に報告されるようになってきたからです。

「アイスランド人:英語」

「北アフリカの人々:現代標準アラビア語」

「モンゴル人:英語」

の関係は、

「津軽弁:共通語」

の関係に並びます。

 それは後者が、その地域においてメディアによって簡単に接することができる言語だということです。しかし、言語の専門家の間では「子どもは人から言語を習得する」ことが常識となっています。定型発達の人は、相手の表情や視線、身振り、声などに注意を向けてしまう傾向があります。その特性が「人から言語を学ぶ」ことにつながっていると著者は考えます。

 一方、ASDでは、相手の表情や視線、身振り、声などへの注意が薄い傾向があり、それが人からの言語習得を難しくさせるといいます。一方、タブレットや携帯など簡単な操作で繰り返し試聴できるメディアから言語を学ぶ可能性を、著者は指摘しています。

 この研究は現在進行形で進んでいます。

 「ASDと方言に関する研究」は大きく広がり、「人はいかに言葉を学ぶのか」という根源的な問いを私たちに提示しています。津軽地方から始まった言葉をめぐる冒険は、世界に広がっているのです。

続編もあります。「リターンズ」は角川ソフィア文庫にもなっています。

続編もあります。「リターンズ」は角川ソフィア文庫にもなっています。

松本敏治(まつもと・としはる)

博士(教育学)。公認心理師、特別支援教育士スーパーバイザー、臨床発達心理士。1987年、北海道大学大学院教育学研究科博士後期課程単位取得退学。2000〜2003年、弘前大学助教授。2003〜2016年9月、弘前大学教授。2011〜2014年、弘前大学教育学部附属特別支援学校長。2014〜2016年9月、弘前大学教育学部附属特別支援教育センター長。2016年10月〜、教育心理支援教室・研究所「ガジュマルつがる」代表。長年、発達障害児者への教育相談・支援活動を行う。著書に『わどなど――ハッピー☆子育て支援ブック』(編、弘前大学出版会、2006年)、『子どものこころの医学』(共著、金芳堂、2014年)、『自閉症は津軽弁を話さない――自閉スペクトラム症のことばの謎を読み解く』(福村出版、2017年)、『〈自閉症学〉のすすめ――オーティズム・スタディーズの時代』(共著、ミネルヴァ書房、2019年)、『自閉症は津軽弁を話さない リターンズ――コミュニケーションを育む情報の獲得・共有のメカニズム』(福村出版、2020年)。

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