そもそもの話 第3回 IQとは?
さて今回は、IQと発達障害の関係について書いていきます。「そもそもの話」は、私が担当した『発達障害大全』(日経BP社)をベースに、話をしていきます。より深く知りたいという方は、本を手にとってくださると嬉しいです。
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●IQと発達障害の関連は?
発達障害とわかったときに、気になることの一つに「IQはどうなのか?」ということがあると思います。特にお子さんの発達障害について考える場合、気になる点だと思います。
結論を先に申し上げれば、発達障害の人のなかには、IQが高い人も、低い人もいます。これは定型発達(発達障害ではない多数派)の人のなかに、IQが高い人も、低い人もいるのと同じです。
かつて、発達障害の人で天才的な才能を持った人がメディアで取り上げられていたことがあり、「発達障害=天才」というイメージが広がったことがありました。もちろん、発達障害であり、なおかつ特別な才能を持つ人はいます。しかしそれは、発達障害だから特別な才能がある、という「イコール」の関係で結ばれるものではありません。
またそれとは逆に、発達障害の人のIQは低いと思い込んでいる人もいます。周りからそのように言われた、という話も聞きます。しかしそれも極端な思い込みで、定型発達の人も発達障害の人も、IQには幅があります。人それぞれなのです。
発達障害と知的障害(知的発達症)におけるIQの関係は、どのようになっているのか。立命館大学教授で医学博士、児童精神科医でもある宮口幸治氏への取材の際に教えていただきました。宮口氏は、2019年に刊行された著作『ケーキの切れない非行少年たち』が、大きな話題を呼びました。
*『発達障害大全 ― 「脳の個性」について知りたいことすべて』(黒坂真由子)日経BPより
発達障害の人のうち、IQが高い人もいれば、低い人もいるのがこの図でわかります。つまり、発達障害とIQというのは別のベクトルで、「発達障害だからIQが高い」「発達障害だからIQが低い」ということはないのです。
●WISCとWAIS
IQは、Intelligence Quotientの略で、日本では「知能指数」と訳されます。聞き慣れない単語quotientは「指数」という意味です。
次の2つは、IQを図るために使われている代表的な検査です。
・WISC(ウィスク):ウェクスラー児童用知能検査(Wechsler Intelligence Scale for Children)。5歳から16歳11か月までを対象とする児童用の知能検査
・WAIS(ウェイス):ウェクスラー成人知能検査(Wechsler Adult Intelligence Scale)。16歳以上を対象とする知能検査
定期的に改定されていて、WISCやWAISのあとのローマ数字が変わります。2025年11月現在、WISC-V(ウィスク・ファイブ)、WAIS-Ⅳ(ウェイス・フォー)が最新です。
知能検査は平均が「IQ100」になるように統計的に処理されています。母集団となるのは検査を受けた人だけではなく、「一般的な人」です。ですから、お子さんがWISCを受けた場合の「平均」は、検査を受けた児童・生徒の平均ではなく、同学年全体の中での平均と捉えることができます。
ここでIQといっているのは、いくつかの指標をまとめた総合的な指数のことです。実際のテストでは、いくつかの領域に分けられた指標が提示されます。受ける検査やバージョンによって指標に多少の違いはありますが、知能検査では次のような能力を図っています。
・言葉を使う力
・見て理解する力
・聞いて理解する力
・情報を記憶し、処理する力
イメージでいえば、知的障害はこれらの能力の成長が全体的にゆっくりで、発達障害の人の場合はこれらの能力の凹凸が大きいということになります。
全体のIQが高くても、能力に凸凹があると学校生活が難しく感じられることがあります。「情報を記憶し、処理する力」が低ければ、板書がきつくなります。頭で理解はしているのに、書かれた文字を記憶して手書きすることがスムーズにいかないために、ノートがうまくとれないからです。また「聞いて理解する力」が低い場合、口頭の説明では内容がうまく入ってこないため、先生の指示が通らないということが起こります。「話を聞いていない」と怒られてしまうかもしれません。
発達障害の人にとってのIQ検査は、能力の凸凹を知ることに意味があります。自分の得意、不得意を知ることで、学び方や働き方の対策を打つことができるようになるからです。
●福祉との関連
IQの値は、福祉との関わりにも影響します。
IQと福祉について語られるときの言葉を、いくつか確認しておきましょう。
・知的障害 IQ70未満
・軽度知的障害 IQ 50〜70(知的障害の枠内)
・境界知能 IQ70〜85(知的障害の枠外)
宮口氏は、知的障害の枠外にある「境界知能」と、知的障害の中でもIQが高めである「軽度知的障害」について、知る必要があるとしています。
まず、「境界知能」は知的障害の枠外ですから、福祉サービスが使えません。この場合、発達障害がなければ、使える福祉サービスがありません。先の図の「真っ黒な部分」に入る人が該当します。福祉の隙間に落ち込んでしまうのです。
IQ70未満(都道府県によって75未満とするなど違いがある)で、「日常生活に困難」を感じている場合、本来であれば「療育手帳」を取得し福祉サービスを利用することが可能です。しかし軽度知的障害の人の場合、本人も気づかず、周りからも気づかれず、人知れず苦労していることがあるのです。
知的障害について知るときには、そこにグラデーションがあることを知ることが必要です。
●IQは絶対的なものか
IQは絶対に変わらないのかといえば、そんなことはありません。
IQ検査もテストですから、訓練すれば上がります。それを謳った塾もありますが、訓練によって得たIQで能力の凸凹がわからなくなってしまったら、かえって検査の意味をなさなくなってしまうと思います。
また、IQが高いために、発達障害からくる困難さが見逃されてしまうことがあります。成績の良い子というのは、多少の問題があっても放っておかれがちです。そのために、本来であれば受けるべきサポートを受けないまま、大人になってしまう人もいるのです。
そしてIQが絶対的なものかといえば、そうではありません。なぜならIQテストで測れる能力は、能力のすべてではないからです。
心理学者のヴァレリー・クールシェンヌの研究グループは「過小評価される自閉スペクトラム症児 ー 強み指向評価の学校現場パイロット研究」という論文で、言語スキルの低い自閉スペクトラム症の児童が、その能力を過小評価されていることに警鐘を鳴らしています。
発話がほとんど、または全くない自閉症児30名(6〜12歳)を対象とした検査です。このなかにWISC-IVをすべて終わらせることができた児童はいませんでした。一方で、「複雑な図の中に隠れている図形を見つける検査」では、26人が正解し、しかも定型発達の児童より速く回答することができたとしています(*)。
少数で行われた検査ではありますが、能力について考えるきっかけになる結果が出ています。IQ検査だけでは測れない能力があることを、この研究は示しているのです。
IQテストは、能力の凸凹を見つけたり、福祉サービスや適切な教育の機会を得るために大切なものですが、それだけがその人の能力を図る唯一の物差しではないということは、知っておきたいことの一つです。
*)Courchesne, V., Meilleur, A.-A. S., Poulin-Lord, M.-P., Dawson, M., & Soulières, I. (2015).Autistic children at risk of being underestimated: School-based pilot study of a strength-informed assessment. Molecular Autism, 6, 12.
もっと詳しく知りたい方は、『発達障害大全 ― 「脳の個性」について知りたいことすべて』をご覧ください。
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