そもそもの話 第2回 ADHDとは何か?
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ADHDの人は、普通にいる
発達障害を語るときに、最初に取り上げられるのがADHD(注意欠如多動症、Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)です。なぜ最初なのかといえば、対象になる人が多いからです。
いったいADHDの人はどのくらいいるのか。
さまざまな統計がありますが、低く見積もって2〜3%、4〜5%という統計もあるといいます。5%と考えると、日本ではおおよそ500万人がADHDとなります。ほとんどの人は社会で普通に生活している人ですから、ADHDであるということはそれほど珍しいことではないということができます。『発達障害大全』の中で、大人のADHDに詳しい岩波明氏は次のように語っています。
成人の精神科関係の疾患で一番多いといわれているのがADHDです。ただ、ほとんどの人が軽症なんですよ。「疾患」といっていいかどうかもわからないくらいの人が多いんです。社会で普通にやっていける人が大多数です。医者のなかにも結構いますよ。診断はつくけれども、治療は受けないという人も多いですね。
診断されたり、治療を受けていたりする人は、ADHDの人の中のごく一部ということになりそうです。
ADHDの症状があるからといって、だれもが診断を受けるわけではありません。第1回でお話ししたように、診断がつくかどうか、診断をつけるかどうかは、個々の状況に左右されます。同じADHDの症状があったとしても、自分が所属する場所やライフステージによって、生きやすさは変わります。また、「自分はADHDだと思う」と言いながら、診断を受けない人もいます。
あるアート系の仕事についている方は、「自分もそうだが、周りにたくさんいる」と言っていました。アイデア勝負の仕事では、ADHDの性質がプラスに働くことがあるからかもしれません。
ADHDとは
ADHDの診断では、注意力の欠如、多動、衝動性などの症状があるか。そしてこれらのうちのいくつもが、12歳になる前から存在していたか、ということが診断のポイントになります。診断の際に、幼少期のことを聞かれるのはそのためです。発達障害は急に発症するものではなく、もともとある「脳の個性」であり、人生においてその特性が変わることはないからです。
「大人になって発症することはない」というのは、発達障害の大きな特徴かもしれません。例えばうつ病であれば、大人になって発症することは十分あり得ますし、そういったケースの方が多いでしょう。
もちろん、「私は大人になって、ADHDと診断されました」という人がいるのは事実です。ただそれは、もともとあったADHDの特徴をそれまでうまくコントロールしてきたか、あるいはそこまで強い症状ではなかったなど、何らかの理由があるのです。学生時代はなんとかやってきたけど、社会に出てからADHDの特性で苦労をする、という人は少なくありません。大人になってADHDと診断された人も、子どもの頃にその特徴を示す症状があったわけです。
忘れ物をしやすいとか、頭のなかであれこれと考え事をしてしまうとか、じっとしているのが苦痛だとか。そのような状況を、なんとか工夫や努力、周りのサポートで乗り切ってきたのかもしれません。社会に出て、環境が大きく変わったことで、うまく対応ができなくなり診断に至るということがあるのです。
また、発達障害やADHDという言葉が広く認知されたことで、「どうやら自分はADHDかもしれない」と診断を受ける人が出てきたのも、大人になってから診断される人が増えた理由です。
ニトリホールディングス会長の似鳥昭雄氏もその一人。診断を受けたのは、70歳を過ぎてからです。発達障害の特集をテレビで見て、「どうも自分とすごく似ている」と思い、専門病院を予約したといいます。診断を受けた似鳥会長は、変わっていると言われてきた理由がわかってホッとしたとおっしゃっていました。
ADHDの特性
ADHDの特製の一つに挙げられるのが不注意です。集中して勉強することができない、課題の提出が守れない、ものをなくしてしまう、忘れてしまうなどが具体的な症状です。中でも忘れ物は、ADHDの方のエピソードとしてよくでてくるものです。単に教科書を忘れるのではなく、ランドセルごと忘れるということが起きたりします。もしくは忘れないために、毎日全ての教科書を持っていくという子もいます。叱られないために、文房具は常に数セット用意しておく、という話もききます。
ADHDの子どもというと、「教室を飛び出してしまう」という多動のイメージを持っている方もいるかもしれません。しかし、そこに注目しているとその他の多動を見過ごしてしまいます。座っていても机や椅子をガタガタさせたり、体をソワソワ動かしているというのも、多動の一つです。
体だけでなく、頭の中の多動もあります。これは「マインド・ワンダリング」と呼ばれ、頭の中で色々な考えが浮かんでは消え、消えては浮かぶという状態です。側から見るとボーッとしている様に見えて、頭の中は激しく動いているということもあります。多動というのは、体だけの話ではなく頭の中も含むものなのです。
また、「しゃべりすぎる」ということも、診断基準(DSM-5-TR *1)に掲載された症状の一つです。「質問が終わる前に話し出すこと」「会話の順番を待つことができない」などは、多動・衝動性を見るものとして挙げられています。
ただ、ADHDの症状は全く消え去ることはなくても、大人になるとある程度コントロールできるようになるようです。多動の症状が強く歩き回らずにいられなかった子が、大人になってからはソワソワはするものの椅子に座っていられるようになるなどが、その例です。子どもの頃の状況がそのまま続くわけではありません。
創造性の発揮
先ほどお話しした「マインド・ワンダリング」は、創造性の源でもあります。あれこれ考えてしまうことは、授業中であればマイナスに働くかもしれません。数学の授業の時に、漫画のアイデアを考えていたとしたら、数学の成績という面から見ればデメリットとなります。しかし、漫画家になるとしたら、次々にアイデアが浮かぶということは才能です。頭の中が騒々しいほどアイデアが湧き出てくる。それがADHDの人の特徴でもあるようです。
アート系だけでなく、ビジネスにおいてもADHDの特徴を生かしている人は多くいます。先の似鳥氏は、自身のこれまでを振り返り次のように述べています。
ほかの人が「まさか!」と思うようなことばかりを、私はしてきました。失敗したときのことを考えなかったから、思い切ったことができました。
アイデアが豊富、新しいことに挑戦する、思い切った行動ができるなどは、多動性や衝動性の良い面です。ADHDの特徴はこのように、プラスにも生かされているのです。
とはいえ、大変なときには
そうはいっても、ADHDの症状に打ちのめされてしまうこともあるかもしれません。そんな時には、薬に頼るということも一つの選択肢かもしれません。ADHDに薬が使われているのは、ADHDの人の脳の中で何が生じているかはっきりわかったからというよりも、脳の中の特定の物質を調整する薬で、症状が軽減する人がいることがわかったからです。
特定の物質(神経伝達物質 *2)というのは、ドーパミンやノルアドレナリンなどのことです。
例えばドーパミンは意欲を高め、幸福感を感じさせてくれる物質です。ノルアドレナリンは集中力ややる気に関わる物質です。ADHDの薬は、減り過ぎたこれらの物質を脳に適量とどめるなど、これらの物質の量や働きを調節することで、脳の覚醒を促したり、集中度を高めたりということができるのです。薬が効くかどうか、合うかどうかは人それぞれですし、医師の診断も必要です。
服薬によって、創造力が失われるという人もいます。ただ、一度服薬したからといって、永遠にマインド・ワンダリングがなくなるわけではありません。良くも悪くも、薬の効果は時間がくればなくなり、また脳の活動も戻ってくるのです。
がんばりが評価されない
ADHDの子どもを支える大人、親や先生に知っておいてほしいことは、子どもは頑張っているということです。ADHDのある子どもというのは、学校生活において、怒られることが増えてしまうからです。忘れ物をしない、提出期限を守る、じっと座っている、先生の説明を遮らずに聞く、静かにしているなど、たくさんの「あたりまえ」があり、これらを全て守ることは、かなり難しいことだからです。そして、すごくがんばってそれらのことができたとしても、ほめられることはありません。これはとてもきついことだと思います。
ADHDがある漫画家の沖田×華(おきたばっか)さんは、こう述べています。
毎日できないことだらけですけど、たまに「できる日」があるんです。でも、誰にも評価してもらえない。私にとっては、「今日は何も忘れ物しなかった」というのが、すごい「奇跡の日」なんですけど、周りのみんなにとってはそれが当たり前なので。
子どものがんばりを見つける努力が、周りの大人には求められています。
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*1)DSM-5(-TR):アメリカ精神医学会が作成する公式の精神疾患診断・統計マニュアルの第5版。精神障害診断のガイドラインとして用いる診断的分類表。DSMは、Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disordersの略称。DSM-5-TRが最新版。
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*2)神経伝達物質 定義神経細胞の軸索末端から放出され、他の神経細胞や筋細胞などに興奮を化学的に伝達する物質のこと。伝達物資とも。
もっと詳しく知りたい方は、『発達障害大全 ― 「脳の個性」について知りたいことすべて』をご覧ください。
掲載日:2025年6月11日
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